第5回目は、シンガーソングライターの川原光貴(かわはらこうき)さん。

photo by Yoshinobu
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川原さんは和歌山県出身の28歳。大学卒業後に上京し、現在は「愛と感謝を歌うJPOPシンガー」として、渋谷のライブハウス「La. mama」やストリートライブなど、東京圏を中心に活動されています。

川原光貴HP

今回の取材は、スタジオとして利用されているご自宅でもたっぷりお話を伺うことができました。

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まずは、川原さんの少年時代から、お話をお聞きしました。

「生まれたのは田んぼに囲まれた一軒家で、おじいちゃん、おばあちゃん、父と母、僕と弟の6人家族でした。実家は農業と、車のシートのもとになる生地を作る織物工場をしてました。母親も仕事をしてたんで僕はおばあちゃんに育ててもらった感じです。

…人には言わなかったですけど、もともと唄うのが好きでちっさい頃から歌手になりたいって思ってました。いつも弟の悪口を歌にしてたんです。親が音楽好きで、朝起きた瞬間から山下達郎がかかってる家やったんですよ。母親が、CMかなんかで山下さんの声を聴いた時に一目惚れしたらしくて、「この人やばい!」って感じで。で、朝から爆音でかけるんです。それでみんなが起こされる…みたいなw。その山下さんのバンドのベーシストが『こうき』さんって名前だったらしいんですけど、父が『みつたか』って読み方で付けようとした僕の名前を、母が『こうき』に変えさせたらしいです。だからホントは僕は『かわはらみつたか』だったんですw。ちなみに父はボーイズツーメンが好きでしたね」

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「中学校二年生の時の選択授業が書道か美術か…ギターだったんですよ。なぜかそこだけ音楽じゃなくて、ギターって特化されてて。で、小学校の時に教わったすごくいい先生がいて、ギターでさだまさしとかを卒業式なんかで弾いてた人で、その影響もあったと思うんですけど、僕もギターの授業を選択したんです。父親が中学生くらいの時に使ってたギターが家に眠ってて『これ使わしてや』って言ったら、新しく弦を張り替えてくれて、『これ見て練習せえ』っていろんなアーティストの曲が載ったギター入門本みたいなのを買ってきてくれたんですよ」

provided by Kohki
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「ちょうどコブクロが『エール』って曲でデビューした頃だったんですけど、あの曲はコード数がものすごく多くて。練習しようって思ったらめっちゃ難しくって。それで次のページにあった『轍-わだち-』って曲はコード数が少なくて簡単そうだったんで、それが課題曲になったんです。でもね、後で気づいたんですけどその『轍』、右手がめっちゃ難しかったんですよw。

…ちょうどおんなじ時期に友達がギターをはじめて、山下君って言うんですけどね。『俺もギターやってんねん』って意気投合して、毎日のようにギターで遊んでました。あれが僕のギター人生の始まりですね」

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「夏休みに毎日ギター背負って、山下くん家の近くの高台にある公園に行って唄ってました。山下君はゆずが好きで、僕はコブクロが好きで、二人ともジュークが好きだったんで、その『三大アーティスト』を練習してたんです。よく、女子って交換日記とかするじゃないですか。僕らは交換テープってのをしてたんですよ、カセットテープで。ラジオ形式なんですけど、まずA面に、僕がその頃好きだった曲なんかをバックで流しながら『はいどーも~はじまりました~』って感じで、今日はこんなことあって…とか、今こんな曲を練習してんねんて言って唄うんですよ。そしたら今度はB面に山下君からの録音の返事が返ってくるんです。そうやって、テープが伸び伸びになって劣化するまで上書きをくりかえして…」

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「その頃に山下君と最初に作った曲が『ハナクソ』っていうんですけどね、そっから『曲を作る』ってことにハマって…。

…その高台の公園で二人で唄ってると、散歩してる人とか観光客とかが聴いてってくれたりするんです。(上の写真について)これは確か…異動する先生を送る時だったかな。写真には写ってないんですけど、周りは校舎の窓からみんな顔出してて、僕らの歌を聴いてくれてて。

…それから一年くらい経って、春の‘さくら祭り’っていうのがあるんですけど、屋台が出たりステージも設けられたりして、そこでいろんな人が出し物をするんです。僕らもそこに出させてもらえることになって、せっかくだからユニット名を付けようやってなったんですね。そしたら母親が『にぎりっぺ』はどうやって言ったんですけど、それ絶対あかんやろ~と思って。で、九州の柑橘類で『ばんぺいゆ』ってのがあるんです。日本一デッカい種類なんですけど、それで僕らも日本一のアーティストになろうぜってことで『バンペーユ』ていう名前で活動することにしたんです。山下君がハチマキを作ってくれて、ライブのときはいつも頭に巻いてました」

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「友達の誕生日に、二人でメッセージと歌を録音してプレゼントするのが僕らの活動っていうか…楽しみでしたね。友達もすごく喜んでくれて。

…ある時、公園でBBQしてる人たちから『こっちきて唄ってくれ』って言われたんです。そしたらそのおじさんがカンパでみんなからお金を集めてくれて…。それが初めてです、唄ってお金を頂いたことの。その頃の活動でもらったお金はいまだに手を付けずに貯金してるんですよ。『バンペーユ貯金』っていうんですけどw。

…その頃に、唄うことで人が喜んでくれるんだって分かったんです。役に立つっていうか。小学校ではただの『おちょけ』だったんですけどねw。」

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「高校に入って…僕の高校が遠かったので、それで山下君とはほとんど会えなくなって『バンペーユ』の活動はほぼ終わったんですけど。山下君はいま小学校の先生になって子供の前でギター弾いて歌ってるみたいですよ。

…僕、こないだ山下君の結婚式で唄ってきたんですけど、でも泣いちゃってほとんど唄えなかったですw。山下君との想い出は、いまだに僕を支えてくれてます。」

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「高校では陸上部の先輩と『コブクロ』の完コピをやって、和歌山の駅前で唄ってました。その頃は聴きに来てくれる人がすごいたくさん集まってくれて、それもまた楽しかったですね。大学は愛知県でした。陸上部の同期の友達が、テレビで番組の主題歌を募集してるから一緒にやってくれないか?って言ってきたのがきっかけでした。文化祭とか駅前のストリートでやりだしたんですけど、それを知った友達がひとり増え、ふたり増え…父が好きだったボーイズツーメンみたいなコーラスグループって感じで、CDを制作したり卒業ライブもやったりして、けっこう本格的に活動してました。」

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さて、現在の活動の一環でもあるストリートについてお話を聞いてみました。

「ストリートって、その瞬間の新しい人に出会えるんですよ。ライブハウスと違って。この無限にいる人のなかで、僕の曲をいいなって思ってくれる人が立ち止まってくれるワケですよね。けっこう分かりやすく結果が出るのがストリートの魅力だと思うんですね。」

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ストリートでやることは、ある意味で自分を試すみたいな意味もあるんでしょうか?

「音楽っていうのは自分の作品をそのまま形にしてすぐ出せるのが強みだって、役者の友達に言われたこともあって。でも人によっては、ストリートを『音楽の安売り』って考える人もいるみたいです。でも中学から始めた僕にとってストリートは原点みたいなとこがありますね。」

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「歌い始めの最初は素通りする人ばっかりで、『自分は誰に唄ってるんだろう』ていう不確かさとか不安とかも出ます。『自分の音楽ってホンマにいいんかな』とかw。全然誰も止まってくれない日なんかは『俺って辞めたほうがいいんかな』とか、そこまで考えることもありますしねw」

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立ち止まって聴いてくれる人は、どんな人が多いですか?

「いろんな方面から興味を持ってくれますね。年配の方なんかは僕のギターを見て『ええの使ってんなぁ』とか。こないだなんか、近くの樹の陰でずっと立ってる人がいて、話しかけてみたら聴いてくれてて。しかもプロの歌手の方で。最初は知らずに話してたんで失礼なことも言っちゃったんですけどw。演歌歌手の方でした」

実は私も、川原さんへの取材ということを一度頭から抜いて、ただ一人の聴衆として川原さんの歌を聴いてみました。すると、ひとりふたりと、その歌声に立ち止まる人の増える気配が肩越しに分かるのですが、あの感覚はどう表現すればいいのでしょう…。街の喧騒の中、それぞれの心に何かが響いて足を止める。またそれに応えるかのように川原さんの歌声もチカラを増していく。ヒトのエネルギーの1+1が、3にも5にも膨れ上がっていくような不思議な体験をしました。

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そして、川原さんのもう一つの魅力でもあるライブハウスでの活動について伺いました。

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「La.mama(ラ・ママ)って言ったら、イエモンとかミスチルとか、いま有名になってるアーティストさんを何組も輩出してる老舗のライブハウスなんで、新人として最初にオーディションに行った時はものすごく緊張したんですよ。でも、打ち合わせの時からスタッフさんがすごく親切に相談に乗ってくれて。

…僕はライブで映像を使うんで、この曲の何秒でこれを出してくださいとかめちゃめちゃ細かくセットリストを作っていったんですね。そしたらちゃんと全部真剣にやり取りして下さって。ライブが終わったあとは必ず店長さんが一対一で話す時間を作ってくれるんですけど、すごく嬉しいし有難いです。共演させていただく他のアーティストさんのパフォーマンスを見たり、お話させてもらえるのも、とてもいい刺激になってます」

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ライブハウスで映像を使うアーティストさんはあまりいないらしく、しかも川原さんは、ご自身で描いた絵をプロジェクターから投影して使うのだそうです。

取材に伺った時も…ありました。

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この絵と歌声でどんな世界を表現するのか…。この記事の最後には次のライブの告知もありますので、チェックをお忘れなく。

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さて、「愛と感謝を歌うシンガー」川原さんの曲作りについてはどうでしょう。

「僕は、まず枠組みから作るんですけど…こんな曲にしたいなぁみたいのがあって…Aメロを何小節、Bメロを何小節、転換する場所があって、そしたらある程度のコードを振って…どこにヤマ場を持ってくるかとか考えて。でも思い通りには全然行かなくて、感覚的に歌詞とメロディが出てくるんで、理論的なところと、その感覚的なところが半分半分ですね。理論だけで作っちゃうとみんな同じような曲になってしまうと思うんで。最後に詰めていくときには、いらないものをバンバン落としていって、一番言いたいところがちゃんと伝わるようにまとめる感じですね。

父が亡くなってから書いた『一期一恵』って曲あたりから少しずつ変わってきて、家族とか友達とかの大切さや、感謝の想いなんかが溢れてきて今のスタイルができてきたんだなぁって思います。愛とか感謝とか、自分の人生と闘ってる同年代の人に『お前まだまだ途中やで!』ってことなんかを歌っていけたらなぁと思います」

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Q1. 川原さんにとって音楽とは何ですか?

A1. 音楽は万能調味料やと思います。最悪無くても生きてはいける。でも、あれば人生がグッと楽しく味わい深くなる。うどんにかける七味みたいに(笑)。それが音楽はどんな場面にもどんなところにでも合うんです。嬉しい時も、悲しい時も、頑張りたい時も、困った時も…。更に、国境も年齢も、時代さえも超えて人を繋げる力がある。そして、誰でも使える。これはほんますごいと思います。僕は音楽にかなり支えられてきました。特に、負けそうな時に。だからこそ、自分がその音楽を使って人の役に立てるなら、それ以上の喜びはないと思っています。

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Q2. 普段の生活で心掛けていることは何ですか?

A2. 僕、元々超マイナス思考なんですよ(笑)。小学生時代はコンプレックスの塊やったんで自信がないんやと思います、自分に。マイナス思考が理由でフラれたことがあるぐらいですよ(笑)。でも、その日から変わったんです、プラス思考に。嫌なことがあっても、それにも何か理由があるって、何かのサインやって思うようになったんです。オーディションに落ちても、運が悪いとか自分には素質がなかった…とかそんなんじゃなくて、足りないものは何やろう?って、今じゃなかったって思うようにしています。そうして、少しずつ運気を上げてます。あとは、どこにいても同じ川原光貴でいるようにしています。エライ人の前だけ、聴いてくれるお客さんの前だけ良い人になるのではなく、知らない街に行っても一人で歩いてる時も同じ人間で。さっきすれ違った人が、この後行くオーディションの審査員かもしれないですからね(笑)。

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Q3. 最近ハマっていることはありますか?

A3. 僕、食べることがめっちゃ好きで、いつも食べ物のことかエロいことしか考えてないんで…。いや、ちゃんと音楽のこと考えてますよ(笑)。ご飯に納豆と生卵入れて食べるのは前々からやってるんですが、そこに、祖母お手製の金山寺味噌を入れて食べるのにハマってます!金山寺味噌はちょいと甘めに味付けされてて、色んな物がはいってるんで食感も増えて、めちゃくちゃうまいです!あと、SHOWROOMというネットの生動画配信を最近始めて、日曜日の夜に1時間程度、喋ったり唄ったりしてます。観覧者からコメントがもらえるので、それに応えたりして、結構一回に300人ぐらい見てくれるので、楽しいですよ!

ショールームとは…

「ニコニコ動画やツイキャスのような、無料動画配信サービスのひとつで、アプリを取得後、アバターとして配信者(パフォーマー)の配信ページに参加することができます。リスナーは、リアルタイムでコメントすることが可能で、そのコメントにパフォーマーが応えるといったやりとりが楽しみのひとつです。また「種」というポイントを投げることで、そのパフォーマーを応援することが可能です。僕は、毎週日曜日の夜22時頃から1時間程度配信しています。「川ちゃん」で検索すると見つけることができます」

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Q4. 川原さんにとって、恋とは、または愛とは何ですか?

A5. 『生きがい』です。これは彼氏彼女、夫婦に限らず、友達でも家族でも、恩師でも同僚でも、自分のことを想ってくれる人がいて、自分も想える人がいて。それこそが生きる原動力になるし、頑張ろうって思わせてくれる。僕が音楽できているのも、恋や愛があるからです。

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Q5. 川原さんの夢は何ですか?

A5. プロのシンガーソングライターとして、JPOP界でずっと活躍していくことです。ずっと というところがポイントです!音楽も、シンガーだけではなく様々な関わり方があるけど、僕はやっぱりプレイヤーでいたい。アーティストとしてお客さんと直接向かい合って唄っていきたい。僕が起こしたアクションで相手が笑顔になった時、ほんまに心から「やったー!!」って思うんです。それは子どもの頃から変わらない。13歳の時に、その手段として自分には唄うことができるって分かった日から今もなお、この夢は変わっていません。全国各地へ飛んで、何千人、何万人の前で唄いたい。日本全国へ僕の歌を、音楽を届けたい。沢山のトップアーティストが立った日本武道館のステージで唄いたい。いや、唄います。絶対に。そして、自分の子供が友達に誇れるようなカッコいいお父さんになりたいです。

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ブルース・リーに憧れたりミニ四駆に熱中したり、「少年っぽさ」を忘れていない川原さん。茶目っ気たっぷりでユーモアに溢れたホスピタリティ。私が今回の取材で最も強く印象に残ったのは、話をしてる時にも唄ってる時にも感じた、川原さんのその『目』の純粋さです。それがそのまま声に現れる。川原さんの歌声からは、真っ直ぐな強さと優しさ、真面目さ。そういうものを感じるのです。

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Long Jump/川原光貴

汚れた靴をはたいて 汗まみれで砂を浴びて

息を切らして巡った 夢と青春のフィールド

常識に耳も立てず 分かった振りをしながら

巣立つ日も遠くないと 気付くことなく笑って過ごした

扉開けたら一本道 眠ってた歯車が動き始める

友よ 運勢アップ 成功祈るよ 今までの借りを返そう

だから 今日だけはお前の旅立ちの日

俺の背中踏み台にして 遠くへ Long Jump!

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世の中にはじかれても 騒がしい現実でも

嗄れるまで飲み明かして いつも二人で笑えていればいい

あの日語った日本一 抱きしめたまま今も目指し続ける

友よ 負けないガッツ 勝利を祈るよ 敵は我の中にある

だから 求めるな 答えは胸の中

愛するべき人に誓いの 狙い定めて

 

友よ 運勢アップ 成功祈るよ 今までの借りを返そう

泣くな 乾杯だ お前の旅立ちの日

俺の背中踏み台にして 遠くへ Long Jump!

さらに遠くへ Jump!

 

Long Junp /川原光貴 MV

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「和歌山って、ホントに山ばっかなんですよ。朝、自転車で街の学校まで行くのは、ず~っと下り坂だから楽なんですけど、帰りの登りがめちゃめちゃキツくて…。で、山下くんと唄ってた公園って、またさらに高台にあるでしょ。ギター背負ってめっちゃ大変だったはずなんですけど…でも不思議と、楽しかった想い出しかないんですよねw」

15th May. 2016

さて、川原光貴さんの最新情報です!

川原光貴HP

5/25(wed)

ライブ「カイカセンゲン」@ 渋谷 La. mama

Open 18:00/Start 18:30

渋谷 La. mama HP

 

6/8(wed)

アコースティックイベント@新横浜ベルズ

 

6/9(thu)

ライブ @ 渋谷 La. mama

 

その他、ストリートライブの告知情報などは、川原さんのブログやホームページでもチェックしてみてください!

provided by Kohki
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新曲「カイカセンゲン」MV

 

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川原光貴プロフィール

生年月日  1987年11月6日 さそり座
血液型   AB型
出身地   和歌山県紀の川市出身
あだ名   川ちゃん、こーちゃん
好きな食べ物 お寿司、唐揚げ、クッキー
好きなコト ミニ四駆、料理、インテリア、絵を描くこと
特技    三段跳び
憧れの人  ブルース・リー
好きなアーティスト 山下達郎、BOYZ Ⅱ MEN、コブクロ
座右の銘  最後までやり続けた者勝ち

ヒトコト  唄うことであなたが笑顔になること、それが僕の一番の楽しみです!

川原光貴ブログ